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プロフィール

中川誼美

Author:中川誼美
(なかがわ・よしみ)
慶應義塾大学商学部卒業。結婚後間もなく住んだ米国ウッドストックでの生活に影響を受け、家庭にテレビを置かず、有機野菜などを中心としたナチュラルライフスタイルを実践。

家業の繊維会社、夫が経営する印刷会社の経理を担当しながら、「人と自然にやさしい生活の実践」を活かし、55歳のときに京都円山公園内に「京都吉水」を立ち上げる。

その後、内装すべてに自然素材を使用した宿「銀座吉水」を、さらに“ちょっと前の日本の暮らし”が体験できる「あやべ吉水」を開業。「銀座吉水」は、ホテルや旅館など観光施設を対象とした世界的な環境認証制度「グリーンキー」の日本第1号であり、英国テレグラフ社の「日本のホテルランキング」ではマンダリンに次いで2位にランクインし(3位がリッツカールトン)、海外からも高い評価を得ていたが、2011年東日本大震災による福島原発事故の影響を考慮して、「銀座吉水」を閉じた。

東京・築地本願寺、大阪・四天王寺、京都・大谷本廟ほかでオーガニックなものだけを集めた朝市を主宰、「美しい日本を残すために協力し合う会」代表。民俗学者宮本常一の流れを汲んで、故姫田忠義、小泉修吉、伊藤碩男の三氏が設立した一般社団法人民族文化映像研究所理事。2013年には東京に「馬喰町 スペース吉水」をオープンし、映画上映、コンサート、講演会、展覧会、古典芸能、ワークショプなど、様々なアートの発信にも努める。近江八幡や綾部、信州上田などで、町おこしも展開、日本各地を飛び回る。

著書に、『ちょっと前の日本の暮らし』(中公新書ラクレ)、『本当に大切にしたい日本の暮らし(自然と五感をいかす生活のススメ)』(WAVE出版)、『本当に大切にしたい日本のごはん(50度洗いと低温調理のススメ)』(WAVE出版)がある。

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子供の教育 その4

2014.02.11 08:03|ドイツ
ちゃんを通して、これ迄知らなかったドイツの暮らしが見えました。先輩のお母さんからもアドバイスがきます。薬局でも赤ちゃんの様子を聞いてくれます。助産婦さんを含め、共通の言葉は次のものでした。

「新しい世界に慣れるまでは、赤ちゃんは様々経験をしなければならないので、その手伝いをするのがお母さんはじめ回りの人の役目ですよ」



お腹の中の小宇宙からの新しい世界で初めてお乳を呑む姿を、不思議な思いで改めて見てしまいます。何故わかるのかしら? 笑い顏も何故できるの、まだ何も見ていないのに? オナラをする時力みます、何故? 客観的に見ていますと、確かに不思議なことばかりです。


新米お母さんにとっては泣き声にも神経質になりますが、助けになるものもいろいろあり、少し前の暮らしの智恵が活かされ伝えられていることも良くわりました。代々伝わる自然の草から抽出された薬、薬草茶、オイルやマッサージなど赤ちゃんの為に用意されているものにも、子育てを特別のこととせずに安心してお母さんは新しい生活に入っていくことができるようになっています。年寄りの意見など古臭いなどとは言わずに、伝えられていることを大切にしています。確かにいつでも助産婦さんに電話で心配事が聞けますことは、赤ちゃんにとっても安心です。



小さな命をじっと見ていますと、大人の生き方がどれ程大事かをつくづく考えさせられます。いつも誰かに護られ愛されている感覚を持って、赤ちゃんから子供へと成長していきます。親に出来ることは、安心して生きていけることを肌で伝えることだと思いました。


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赤ちゃんを見に様々な方が訪ねてきます。ご兄弟に身障者の方が二人いらっしゃることから、赤ちゃんを諦めたご夫妻が見えました。二人で代わる代わる赤ちゃんを抱いている姿にも、思いは深まりました。


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また赤ちゃんのお母さんの古くからの友人Kさんは、手編みのセーターを持って来て下さいました。赤ちゃんの誕生を楽しみに、彼のお姉さんはセーターを何枚も編みはじめましたが、完成しないまま癌で亡くなりました。途中の作品を、妹さん達が続けて編み終えて下さいました。追加の糸を探したり、片手の袖をほどいて色合わせをしたり、様々な工夫の末にセーターは出来上がりました。赤ちゃんが大きくなってそれに手を通す日に、お母さんはきっとKさんの話をするでしょう。温かく見守られて育つ赤ちゃん達が、安心して暮らせる日々がいつまでも続くことを心から願います。



私は別れ際に、「この子も小学生になって、お父さんと同じようにドイツの悲しい戦争の歴史を学ぶのかしら?」と聞きましたら、勿論との答が返ってきました。


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テーマ:暮らし・生活
ジャンル:ライフ

市民生活

2014.02.10 06:00|ドイツ
イツの街では朝市が地域ごとにありますから、住民は近くの市に出掛けます。火曜日、木曜日、土曜日 の3日間朝7時に始まり、午後1時には終わります。地域によって曜日が違います。土曜日の市の店の数は他の日の三倍に、お客様も年代性別を問わず多く店の前に行列をつくります。


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大きな男性が買い物カゴにいっぱいの食糧を買って帰る姿は、中々よいものです。立ち話しの人達、ベビーカーを押すご夫婦、様々な暮らしが想像出来て楽しい光景を味わいます。長年顔馴染みのお店屋さんには寄っていきたくなります。フランスから来ているカラシ屋さんは粋なベレー帽を被っています。オーガニック農家のおじいちゃんの店は、必ず野草のフラワーアレンジメントがあり、ゆっくりした手つきで袋詰めしながら、少しおまけをしてくれます。フランスからの女性ばかりのパン屋さんにはいつも行列ができ、実にテキパキ感じよく応対しています。


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七面鳥屋さんの品数の多いのも私には珍しく、ここもいつでも行列して順番を待ちますが、やはり女性ばかりのお店です。若い娘さんがリンゴとリンゴジュースだけを一人で販売しているところについ立ち寄りたくなり、リンゴを二キロ買いました。たまに陶芸家が店を出すこともありますが、殆どは食材で、花屋さんも必ず並んでいます。花束が5から15ユーロくらいですから、買い物カゴには花が添えられていることも多いです。花が見た目にずいぶん太くて丈夫そうに見えて華奢な感じがしませんのは、ドイツ流だからでしょうか。


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このように特に土曜日の午前中、広場はお店と人々で賑わいますが、その歴史を尋ねましたら、数百年前から始まったといわれています。教会の広場に人が産物を持って集まり交換したことがマルシェで、いわゆる店舗ができる前の姿でした。商店街やスーパーマーケットができても、人々は日常の食材を求めてマルシェ広場に集まってきます。暮らしのリズムがずっと継続されていることを示しています。


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私が始めた銀座築地本願寺の「安穏朝市」、京都大谷本廟の「本廟さんの朝市」、大阪四天王寺の「わつか市」は、同じように 広場を使わせていただいていますが、またまだ日常に取り込まれていくまでにはいきません。回数も月に一度ではとてもお台所の足しにはなりませんから。恐らく数百年前は同じように門前での市が盛んにおこなわれていたのだと思いますが、商業が盛んになるにつれ市は不要になってしまいました。有機野菜の農家さんも増えてはきましたが、販売に手がまわらないとの声を聞きます。この事につきましても、仕組みを変えなければならないと思います。


次に市民生活で欠かせないものが散歩です。大小様々な都市がありますが、必ず散歩の出来る森や川があります。カールスルーエにも大きな森があり、散歩、ジョギング、サイクリングと、人々は盛んにこの森に行きます。また車で20〜30分ほどのところにライン川があり、その両岸は森と散歩道が先が見えないほど続いています。日曜日の午後などは切れ目がない程人々が歩いています。自転車も走りますが。


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▲散歩の森(左)と子供の遊び場



以前にも書きましたが、森にも川にもお店屋さんは一軒もありません。自然に溶け込めない物は何もありません。散歩道にも看板一つありません。川と空と森だけの道を歩きます。子供の頃から変わらない景色を見て育ち、それをじゃまする商業施設なども見ることなく大人になるのですから、改めての環境教育は必要ないのだと思います。川岸の広場で大人達がボール遊びをしている、その隣の広場に子供用の遊び場があり、そこで子供達を遊ばせていたことがあります。ふと周囲を見渡しますと、対岸にも、広場の周りにも昔のままの風景が広がり、それらを妨げるものは全く見当たりませんでした。自然をそのまま守る大人達の姿を子供の頃から見ているのですから、景観を大切にする心が育つのは当たり前の事です。


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▲ライン川、景観を壊す物は何一つない



日頃私達は看板や旗の宣伝に慣らされ、これらを見苦しいものとも感じる事なく過ごしています。古都京都ですら、このような情景から逃れられません。以前神戸からいらしたイタリア領事館長夫人に言われた事がありました。素晴らしいと感動するような借景の場所に看板があり申し訳ない気持ちだと申し上げた時に「私は看板を無いものと思って、美しいものだけを見る事にしています」と。

テーマ:暮らし・生活
ジャンル:ライフ

古い建物の価値

2014.02.09 13:15|ドイツ
イツに居て何かが違うと感じる一番の理由は、地震がないことです。私達日本人は、天災を日常の出来事として、生涯付き合わなければなりません。


和辻哲郎の哲学の中の 「風土論」を思い出しました。風土をモンスーン(日本も含む)、砂漠、牧場に分け、それぞれの風土と文化、思想の関連を追究し、『風土』の中に見られる「風土が人間に影響する」という思想を、この度私なりに納得し、日本とドイツの生活文化の比較をする場合に「風土論」からの学びを実感いたしました。


モンスーン地帯に住む日本は、常に自然の脅威の中での暮らしを強いられています。台風、地震、津波、火山の爆発、数え切れないほどの自然の変化を、日常いつも頭の何処かで考えていなければなりません。建物が作っては壊されることも、頭の何処かで承知しているようなところもあります。和辻哲学の風土では、こうした中で「諦め」の思想が生まれるとしています。大きな力に屈服していく思想も、自然の力にはかなわないと思える思想を背景にしています。「長い物には巻かれろ」精神が生まれたのも、風土からでしょうか。


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▲築100年を超す建物が今も現役



ヨーロッパの風土は牧場と区分され、この中で育った文化と思想は、計画的に創り上げることが基本となります。天災の被害に対処するのではなく、自ら開拓し自然を取り込んでいくことになります。このような風土と関わる中で、その土地の暮らしが生まれるのは当然といえます。毎日石造りの建物の街並みを見ていますと、確かに計画され自然の変化から身を守る仕組みがしっかり出来てると思えます。従ってヨーロッパのどこの街並みも百年以上前に作られた物が多く、その時の街づくり計画での道巾の広さには驚かされます。巴里のシャンゼリゼなどはすでに1724年には出来ていて、18世紀末にはファッション通りになっていました。古い建物も石造りですから、長い年月を経ても姿を変えずに活用されています。建物の中は大分改装されてはいますが、外観はそのままで他の建物との調和を大切にしています。


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▲建物の中は快適です



何軒もこの種のアパートや家を訪ねましたが、百年以上の建物ばかりで、間取りのゆとりある様子にも感心してしまいます。不動産取引としても、古いから安いという発想はなく、人気の建物になっています。外観や入口、階段などは古めかしいままですが、中の部屋は広く天井も高く集中暖房にもなっていますから、かなり快適な空間といえます。私が知っている一番古い建物は 1600年代のもので普通の家として使われています。もちろん観光の対象などにはなっていません。あるドイツの資本家でさえ、私に「家は投資の為にかうものではなく、住むためのものだ、売り買いして儲けるためのものではない」と言われました。


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▲集中暖房と二重窓



開発され新しい豪華アパート群もできてはいますから、この先はどうなるのかは分かりませんが、高い天井好みの人達には余り興味がないようです。古い建物を大切に使うことは特別なことではなく、古くなったからと言って建て替えていくようなことはありません。むしろ不動産価値として安くなることもありません。


このようはことが分かってから比べますと、京都で日々古い家が壊されていき、そこに新建材の家ができるのが当たり前になっている現状に悲しくなります。古民家を再生活用したいとの運動もありますが、中々進みません。古い物を大事に維持していく思想は、建物だけに限ったことではなく、暮らしそのものの中でも守られていかなければなりません。モンスーン地帯にある日本だからこそ、自然との共存を、今の時代なら理論的に構築して、それを実現していくことで、諦め文化からの脱出は可能だと思います。


テーマ:暮らし・生活
ジャンル:ライフ

物価について

2014.02.08 14:52|ドイツ
い話で恐縮ですか、1970年にアメリカで暮らした時の物価について思い出してみました。日本の大学卒の初任給が、大会社で2万円から2万5千円。私の大学の一年間の授業料が7万弱。コロッケが10円など、日本の当時の物価の例です。

この時1ドルは360円でしたから、私達が住んだニューヨーク州ウッドストックの友人のお給料の額にはびっくりしました。2千ドルのお給料は、とてつもない金額に思えました。彼はベトナム戦争の空軍の兵士でしたから、そのまま飛行機のパイロットになり、このお給料になったわけです。


そしてこのほぼ半世紀の間に、1ドルは100円になり、私達の暮らしの物価は10倍以上になりました。パイロットの友人はその後もゆったりと無理せず勤務時間を増やしませんでしたから、2千ドルの収入を倍に増やすようなことなく退職して、今はノーフォークの大きな家で年金暮らしをしています。


こうしてみますと、ウッドストックの時の彼の収入での暮らしの内容は、円に換算しなければ、支出と釣り合ったものだったのだと思いました。マクドナルドのハンバーガーが1ドル、マンハッタンまでのハイウエー料金が1ドル80セントなどを思い出しますと、ニューヨーク市から150キロ離れた、丁度軽井沢位の距離にある静かな村に家族五人で暮らすのは標準的なものだったのだと、今は考えられます。当時はとてつもないお金持ちの家に住まわせて貰っているように感じていましたが、ドルと円との価値の違いがこの感覚を生んでいたのでした。


半世紀近くが経ち、日本の所得も欧米並みになりましたが、円高、円安などと為替の動きは庶民の暮らしには直接は感じられず、いちいち換算する必要はないと思いました。この度1ユーロは140円を上がり下がりしていますが、ドイツ滞在中での物価を円に換算してみることは意味がないとつくづく思いました。ドイツに来たら、ドイツの暮らしのなかでの物価の位置を考えなければなりません。円に換算して高いと感じるのは円の国から来たからで、ドイツで所得を得て消費していくにはそこでの物の価値を判断しなければなりません。暮らしやすいかどうかの判断は、その国での基準に合わせなければ意味がないと思います


ドイツでの生活必需品の値段を見てみます。


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▲オーガニックな黒パン



大きな黒パンが3.5 EUR(これは日本ですと、このようなパンは特別なパン屋さんにしかありませんから千円はします)
全粒粉スパゲティ500g 0.85EUR
大根 1.80EUR
チーズ 1.69EUR
原木生椎茸三個 1.61EUR
モッサレラチーズ 0.99EUR
玄米 500g 3.29EUR
七面鳥のソーセージ長4本 2.80EUR
牛乳 1EUR 人参6本 2EUR

など、オーガニックの店での食品の値段です。


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▲朝食もオーガニック食品が簡単に揃います



こうしてみますと、乳製品や小麦製品などは必需品ですから、日本に比べますとかなり安いです。しかも全て有機材料からできているものばかりですから、この点でも安く思えます。私は 物価の判断は1ユーロは日本の100円に相当するものとして考える事にしました。何が理由かよくわかりませんが、安倍政権になってから急に輸出企業が有利な円安になりましたが、生活物価の判断には100円が適切だと思います。


ドイツには巨大都市がありませんので、物価が極端に違うこともありません。このことは不動産投資額が物価にもろに反映されるようなことは少ないと考えられます。ドイツからきた友人が銀座の中央通りに面した店でコーヒーを飲んだら千円だったと驚いて、レシートを記念に持ち帰ったことを思い出しました。



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▲色や形が不揃いでも、味が濃く美味しい



ドイツでのオーガニック食品への需要は伸びる一方で店の数も増え、買い物はかなり便利になりました。有機野菜でないというマルシェの八百屋さんの野菜ですら、形や大きさが不揃いで味も濃く美味しいです。まだこの点についても調べてはいませんが、野菜の密度が高いように感じます。


ドイツにおりますと、普段は贅沢品のオーガニックチーズやソーセージなど、また噛みごたえのある黒パンを気楽に食べることができます。暮らしの中味を知るには、実際買い物をして、料理してみなければわからないことばかりです。日常の安心安全な食材が、このように手軽に手に入る状況には心から羨ましいと思います。メルケル首相が数年前に、オーガニック食材の供給を全体の二割にすると約束してから、恐らくその割合はもっと進んだと思えます。


テーマ:暮らし・生活
ジャンル:ライフ

子供達の将来

2014.02.07 06:57|ドイツ
まれて病院から家に帰りますと、あらかじめお願いしていた助産婦さんが毎日訪問してくれます。病院でも産まれた翌日から、赤ちゃんとお母さんの様子を見にきてはアドバイスをしてくださいますから、母子は安心して家に帰れます。



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▲赤ちゃんの健康状態をチェックする助産婦さん



助産婦さんのSさんは三人の男の子のお母さんで一番上のお子さんにはお孫さんがいて、本当にどんな質問にも答えてくれます。訪問の度に袋に入れて目方をはかりますが、赤ちゃんが裸にされて袋に入る姿は私には珍しく見えますが、楽しい瞬間です。


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▲赤ちゃんを袋に入れて体重を計ります




役所に出生届けを出しますと、直ぐに納税番号が送られてきました。また初めの子供手当は184ユーロとの知らせもきていました。食費以外は無料で、一歳から保育園に、三歳から幼稚園に入れます。育児休暇は三年で、給与の67%が支払われます。この休暇は各自長さを選ぶ事ができます。


子供を育てる為に掛かる費用を日本と比べてみました。最近大手の銀行勤めの若いお母さんは、住まいの近くに空いている保育園がない為に、都心の私立の保育園に赤ちゃんを入れることにしました。毎日中央快速の通勤電車に乗って預けにいきます。月の保育料は15万円だそうです。私立の保育料が8万とは何度か聞いていましたが、この金額は初めてでした。保育料についても、日本の大都市政策が影響しています。大会社に勤め収入も多い場合は、保育費用もいといません。一方、子供の少ない山梨のある村では、保育費用は月1500円です。この費用の差をどのように考えるかです。


収入も支出も多く、経済のパイを大きくするか、小さいパイの中でゆったり暮らすかを、数字が現しています。一極集中型の都市の在り方がもたらす様々な悪循環と格差を、若い人達は広く見直して、暮らしに重点を置いた生き方を選んで欲しいと願わずにはいられません。


次に私は、いまでも戦争の歴史教育はあるのかと友人に訊きましたら、小学校では勿論週に一度は授業があり、やはりドイツ人の過去の歴史と責任についてしっかり教えていくのだそうです。彼女はやりずぎではないかと思うことがあると言っていました。戦後償いも十分してきているので、いつまでもその罪を償わなくても良いのではないかとも話してくれました。音楽大学の先生ですので、入試はドイツ語にしたらどうかと提案したところ、返ってきた答えは、「私達の国にはコンプレックスがあり、そのようなことは言えない、全てに機会を与えなくては」というものだたったそうでした。


徴兵制も五,六年前に廃止になりましたが、その制度の中でも、歴史上の史跡や博物館での辛い説明人を選んだ若者もいました。兵役を選ばずに選択することができました。


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▲Aさん(左)とJ君




京都吉水で研修を終えて帰国したJ君とAさんに、日本食をご馳走しながら彼等のこれからについて聞きました。J君はレストランでの修業を続けて行く方針に変わりはありませんが、学生時代の研修先の料理長が独立して開店したお店に、日曜日だけ働きに行っています。アルザスの高級レストランでの修業先のレベルに合わせた所で働きたい気持ちを持ち続け、独立したシェフについていきたいようです。恐らく、他所に行かずにお店の繁盛状況での雇用を待っているのだと思いますが、両親はまだ二十歳前だから時間はたくさんあると彼を見守っています。平日は郵便局の仕事をしていますが、料理への道を目指しています。


Aさんはハイデルベルク大学の法律学科に入学が決まり、四月から寮生活に入ると喜んでいました。学生寮はアメリカの軍隊が駐屯していた建物で、個人用の部屋も台所も広く、この建物に四人の学生が共同で暮らしていくので、どんな人が来るのか楽しみだそうです。寮費は300ユーロで光熱費込みです。アルバイトもして、自分で経費は負担していき、さらにお金も貯めて東京の留学提携大学に行くと決めていました。ハイデルベルク大学には日本語学科もありますから、そこでの勉強もするのだと、四月からに希望を持って元気いっぱいでした。



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▲Aさん(左)とEさん




大学はどこでも無料ですから、アルバイトはアパート代と生活費を稼げばよいので、長い休暇を利用します。またこの国の学生達は、ブランド商品を身につけたり、学生に相応しくない物を持つこともありませんから、学業に支障なく両立させ、かつ親からの独立の一歩も踏み出す事ができます。数人の卒業を控えた学生に会いましたが、それぞれ外国に行く計画を持っていました。大学に入る前にまず家を離れる経験を積むようです。ベルリン大学の舞台衣裳科に行くと決めたEさんは友達とオーストラリアの吉水のような所にいくと決めていました。若者が明るく自分の未来を語る姿は実に頼もしいものがあります。Aさんと、J君は吉水で食べた賄い食のお好み焼きが美味しかったなど日本での思い出話で昼のひと時を過ごしていきました。


テーマ:暮らし・生活
ジャンル:ライフ

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